神奈川県保険医協会
理事長 森 壽生様
提案書
(横浜市へのカジノ誘致反対行動について)
一般社団法人神奈川県精神神経科診療所協会会長 斎藤庸男
時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
常日頃よりわれわれ精神科医、精神医療にご理解、ご支援をいただきありがとうございます。
2016年12月に「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(通称IR推進法)」、2018年7月に「特定複合観光施設区域整備法(通称IR整備法、IR実施法)」が公布されたことにより、全国で統合型リゾート(IR)誘致の動きが見られるようになりました。
また、同時に「ギャンブル等依存症対策基本法」が公布され、本人や家族の生活に支障を生じさせ、多重債務、貧困、虐待、自殺、犯罪等の重大な社会問題を生じさせるギャンブル依存症に対し、政府や都道府県に対して対策計画の策定、実施をすることが明記されました。世界保健機関(WHO)はギャンブル依存症を精神障害と定義しており、日本では2017年に厚生労働省の研究班が、成人の3.6%(男性6.7%、女性0.6%)、推計320万人にギャンブル依存症の疑いがあるという推計を発表しています。
現在、横浜市は「IR誘致について現時点では『白紙』」とのことですが、5月27日に国内外の民間事業者から寄せられたIRの構想案などをまとめた調査報告書を公表されました(「IR等新たな戦略的都市づくり検討調査(その4)報告書」)。そこには、横浜市の情報提供依頼に応じた12事業者すべてが横浜市中区の横浜港山下ふ頭での整備を想定するなど、IRの誘致が具体化されるような内容が述べられています(朝日新聞2019年5月28日神奈川版)。
このような現状に対し、横浜市の精神医療に携わるわれわれは、カジノができることによりギャンブル依存症が増える可能性をとても懸念し、
『横浜市にIRは誘致はしない』
という決定を横浜市がするよう、さまざまな方法を用いて働きかけをしているところです。
この件は精神科医療だけにとどまらず、医療や生活全般に関わることであり、とくに将来の横浜市の子ども達が健全に生育するために重要なことと考えています。
ぜひ貴会におきましてもこの問題に取り組んでいただき、ともに横浜市や横浜市民に訴えていくことができればと希望しています。
ご高配のほどよろしくお願い申し上げます。
参考までに、これまでの医学的知見の一部を以下に列挙いたします。
*カジノがある地域ではギャンブル依存症の患者が増える
・アメリカの研究:カジノ近隣の住民ほど常習者になる確率が高くなり、常習者ほど依存症になる確率が高まる。14)17)
*ギャンブルにアクセスしやすいほどギャンブル依存症の患者が増える15)
・海外の研究:ゲーミングマシン数と問題ギャンブラーの割合には正の相関を示した。11)15)
・アメリカの5州:人口あたりの宝くじ売上額が高い州ほど病的賭博疑いの有病率が高かった(正の相関まではなかった)。15)16)
・ギャンブルの利用しやすさ、報酬の大きさなどがギャンブル行動の継続に重要な役割を果たす。5)8)
・賭博場の利用しやすさがギャンブル依存症の危険因子となる。6)8)
・自宅から3キロ以内にパチンコ店ができると、男性ではギャンブル依存症を疑われる確率が高まる。4)
*ギャンブルにより経済的破綻を来たしやすい
・ギャンブル依存症100名の負債額は平均595万円であった。9)
・ギャンブル依存症100名のうち21名が債務整理を行なっており、うち5名は2回の債務整理を行なっていた。債務整理をしてもギャンブル行為がやむとはいえない。10)
*ギャンブルと自殺の関連が大きい12)
・ギャンブラーズ・アノニマス(GA)参加者を対象とした調査で、自殺企図経験者が半数以上であった。2)
*ギャンブルにより犯罪が引き起こされる3)
・ギャンブル依存症の診断基準に明記されているように、そもそもギャンブル依存症と犯罪が結びつきやすい傾向がある。1)18)
・ギャンブルを行なうための金銭を得るために、窃盗や横領などで逮捕あるいは起訴され、裁判に至る事例も多い。ただ、示談によって事件と扱われない場合も多い。3)
・賭博はそれ自体が刑罰の対象となるだけでなく、暴行、脅迫、殺傷、強窃盗その他の副次的犯罪にも繋がる恐れがあるために規制されている。3)
*ギャンブル依存症は家族や周囲の人たちへの影響が大きい7)
・患者のギャンブル行為によって、家族には精神科的疾患が生じやすい。10)
・借金を家族が肩代わりすることもあるが、それでギャンブルによる借金を繰り返してしまう。3)
*ギャンブル依存症に精神科併存症が多い
・ギャンブル依存症にアルコール依存症・薬物依存症など他の依存症、うつ病などの気分障害、パーソナリティ障害などが併存することが多い。6)8)
・精神科合併症を主訴に精神科を受診する可能性が大きい。9)
*ギャンブル依存症治療が可能な医療機関・相談機関が少ない
・ギャンブル依存症を診たことのある精神科医は少ない。8)9)
・自助グループや理解のある司法関係者などと連携して治療ができる医療機関はごくわずかである。15)
*依存症全般に言えるが、治療には難渋することが多い
・ギャンブル依存症の治療薬として承認された薬物はまだない。13)
・依存症治療は自助グループがその中心であるが、数はまだ不足している。15)
文献
1)American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,5thed(DSM-5)、American Psychiatric Publishing、2013(日本精神神経学会日本語版
用語監修高橋三郎,大野裕監訳:DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル、医学書院、2014
2)芦沢健:ギャンブル依存症の自殺リスクはGA参加で予防できるか?、精神科治療学32:1517、2017
3)蒲生裕司:司法を考慮した精神科医療と支援-ギャンブル障害、精神科治療学33:917、2018
4)後藤励:毎日新聞、2018年2月28日東京朝刊
5)Hodgins DC,Stea JN,Grant JE:Gambling disorders、Lancet 378:1874、2011
6)Johansson J,Grant JE,Kim SW,et at:Risk factors for problematic gambling:a critical literature review、J Gambl Stud 25、67、2009
7)町田政明:ギャンブル依存症の家族支援と本人の社会復帰活動からみえるもの、精神科33:538、2018
8)松下幸生:ギャンブル障害-現状とその対応-、精神医学60:161、2018
9)森山成:病的賭博者100人の臨床的実態、精神医学50:895、2008
10)森山成:ギャンブル症者100人の臨床的実態(続報)、臨床精神医学48:517、2016
11)Storer J,Abbott M,Stubbs J:Access or adaptation? A meta-analysis of surveys of problem gambling prevalence in Australia and New Zealand with respect to concentration of electronic gaming machines、Int Gambl Stud 9:225,2009
12)田辺等:ギャンブル依存症(病的賭博)と自殺、精神科治療学25:223、2010
13)田辺等、小原圭司:ギャンブル障害-わが国の現状と課題-、精神科33:489、2018
14)鳥畑与一:カジノは地方経済を再生させるか、月刊保団連1247:34、2017
15)鶴身孝介:データから考えるカジノ解禁、精神科33:533、2018
16)Volberg RA:The prevalence and demographics of pathological gamblers:Implications for public health、Am J Public Health 84:237、1994
17)Welte JH,et at:Gambling and Problem Gambling in the United States、Changes Between 1999 and 2013
18)World Health Organization(融道男,中根允文,小見山実ほか監訳):ICD-10精神および行動の障害-臨床記述と診断ガイドライン-新訂版、医学書院、2005
以上